新潟が生んだ世界的ヴィデオ・アーティスト「Viva Video! 久保田成子展」 at 新潟県立近代美術館
県立近代美術館にて「Viva Video! 久保田成子展 」が開催中だ。久保田はヴィデオ・アートの先駆者としてアメリカを拠点に活躍し、国際的に評価された人物。絵画や彫刻などと違い、あまり馴染みのないヴィデオ・アートの世界とは一体どんなものなのか。さっそく気になるその世界をレポート!
巻町からアートの世界へ
久保田成子(しげこ)(1937〜2015)は新潟県西蒲原郡巻町(現・新潟市西蒲区)出身の前衛芸術家だ。夫は「ヴィデオ・アートの父」と呼ばれたナムジュン・パイク(1932〜2006)。アメリカを拠点として「ヴィデオ彫刻」という新しいジャンルで活躍した彼女の作品は、世界的にも高く評価され、あのMoMA(ニューヨーク近代美術館)にも所蔵されている。
しかしそれほどの人物でありながら、日本ではあまり知られているとは言えない。この企画展は日本人女性ヴィデオ・アーティスト、久保田成子の「最新研究に基づいた新たな作家像を提示すること」を目的に開催されるものだ。
担当学芸員である濱田真由美さんの10年越しの思いが実り、新潟県立近代美術館を皮切りに全国3か所を巡回する展覧会が実現した。
会場に入るとまず、成子の生い立ちから東京での活動が分かるような資料、初期作品などが展示されている。
前衛芸術に参加することになったのは、小千谷出身で現代舞踊家であった叔母・邦千谷(くにちや)(本名・久保田芳枝)の存在が大きい。彼女を通して、成子は芸術家たちと交流を育んでいったのだ。その中にはナムジュン・パイクや、後にジョン・レノンの妻となるオノ・ヨーコもいた。このコーナーでは作品だけでなく、当時の写真や書簡も展示されているので、そちらもぜひじっくりと見てほしい。
日本を飛び出せ!
展示は成子の人生をなぞるように進んで行く。
当時の日本は保守的で、前衛的なインスタレーション作品などの自分の表現が認められないと悟った成子は渡米を決意。前衛芸術家集団「フルクサス」に参加し、ニューヨークでの活動を開始する。そこでナムジュン・パイクと共同生活をしながら、ヴィデオを使った作品制作へと乗り出していく。
ヴィデオ彫刻、デュシャンピアナシリーズ
成子が「私のアイドル」と呼んだ芸術家がいる。マルセル・デュシャン※だ。彼女はデュシャンの作品とビデオアートを結合させた作品を複数発表する。「デュシャンピアナシリーズ」と呼ばれるこの一連の作品は大きな注目を集め、国際的に評価が高まるきっかけとなった。
※マルセル・デュシャン:現代アートの創始者と呼ばれるフランス生まれの芸術家。男性用小便器にサインをしただけの《泉》、モナ・リザに口ひげを書き加えた作品などで有名。成子は生前に二度、デュシャンに会ったことがあった。
デュシャンの有名な絵画《階段を降りる裸婦》は、1枚のカンヴァスに裸の女性が階段から降りてくる各瞬間を描いたもの。成子はこの作品について「一つの場面、一つの瞬間のみを画布に描いてきた従来の伝統を一気に覆した記念碑的作品」と述べている。
それをヴィデオで表現したのが《デュシャンピアナ:階段を降りる裸体》だ。階段状の構造物にモニターを設置し、それぞれの画面に階段から降りてくる女性を映した。二次元のデュシャンの作品を三次元のインスタレーションに発展させた、興味深い作品だ。
ほかに自転車の車輪を使った作品なども展示されている。ちなみにこの作品、動くのは毎正時から10分だ。
ほかにも《河》という作品は9時/11時/13時/15時から1時間、《スケート選手》は10時/12時/14時/16時から1時間と、作品によって稼働時間が決まっているものが複数ある。
子どもにもおすすめな感覚で楽しむアート
映像と彫刻を組み合わせたヴィデオ彫刻の魅力について、学芸員の濱田さんに聞いてみた。
「光と形と映像で感覚的に楽しめるところ。子どもたちもキラキラしたり、水が出ていたりする作品など、パッと見て『面白そう』と感じたものを興味深そうに見ています。心惹かれたものをゆっくり楽しんでいただければ」と話した。
たしかに会場にいた小さな子どもたちは、まるで何かと遊ぶように楽しそうに作品の周りをグルグル回りながら鑑賞していた。
これは写真だと伝わりづらいが、鏡を使ったアート作品で下をのぞき込むと、または天井を見上げると無限の表現が広がっているのだ。まるで摩天楼から下界を見下ろしたような錯覚すら感じるもので圧巻のひとこと。自分が美術館にいるということを忘れてしまいそうになるほど強烈で、思わず何度ものぞき込んでしまった。隣にいた女性も「すごいねえ。草間彌生の(鏡を使った)作品もすごいけれど、こっちもすごい。現代美術って本当に面白いねえ」と言いながら、やはり何度ものぞき込んでいた。
会場には「マイ・ファーザーズ・カントリー」というスケッチも展示されていた。タイトルから推測するに「おそらく新潟の山を思いながら描いたのでは」と濱田さんは語る。成子の母親は小千谷の出身で、曾祖父は貴族院議員を務め、地域の発展に尽力した人。また父親は柏崎出身ということで、おそらくその辺りの山を題材にしたのだろう。
その絵と向かい合うように展示されているのが《三つの山》だ。「映像として使われているのはアリゾナの風景」とのことだが、山というモチーフは、おそらく故郷の風景を意識しているのではないだろうか、そんなことを感じた。
ヴィデオで俳句!?
訪ねたときは残念ながら故障中で稼働していなかったが、興味深い作品があった。タイトルは《ヴィデオ俳句─ぶら下がり作品》。
振り子のようにゆっくりと動くモニター。それを見る鑑賞者を撮影するカメラ。その様子はモニターに映し出され、鑑賞者自身が作品の一部になってしまうという、実にユニークなものだ。これは故障していても、その仕掛けを知って想像しながら見ると結構楽しかった。現代アート、前衛芸術は感覚で楽しむものということがストンと心に落ちた作品だった。
もし止まっていても「壊れているのか」とスルーせずにぜひ見てほしい。
※現在は稼働しています。
子どもたちがはしゃいでいた作品のひとつがこちら。私も何だか分からないまま、はじけるような光と色の世界をただひたすら楽しんだ。ほかにもロボットのようなオブジェが動いたり、水が流れたりと、通常の美術館で見る作品とはひと味違う作品がずらり。
そのうちのいくつかをさらに動画でご紹介したい。
コラージュ作品も展示
展覧会の締めくくりは、新発田市在住の美術家・吉原悠博さんのコラージュ作品だ。
吉原さんは東京芸大在学中に、スカラシップでニューヨークの美術学校に留学。現地でヴィデオアートの個展を開催した。その会場に成子が訪れたことが縁で、それ以降交流を結び続けたという人だ。
1984年に東京都美術館で『ナムジュン・パイク展 ヴィデオ・アートを中心に』が開かれたときにはアメリカから来たスタッフをサポートしたり、坂本龍一とパイクのコラボビデオ制作に参加したりと「大学にいるより絶対に面白いことを、成子さんとの出会いを通じてたくさん経験してきた」と、当時を振り返った。
今回のコラージュは「成子さんとの30年間を20数分間にまとめた作品。僕の主観から見た作品ではあるけれど、彼女はとても奥深い人で一連の作品と照らし合わせていただくといろいろ見えてくるものがあると思う」と話す。
なお展覧会会場は、一部撮影禁止エリアがあるものの、それ以外は撮影が自由だ。映像作品が複数あるため、濱田さんは「鑑賞時間はおおよそ2時間程度、ぜひゆっくりと時間を取ってご来場ください」と話した。
All Images © Estate of Shigeko Kubota
新潟県立近代美術館
長岡市千秋3-278-14 TEL:0258-28-4111
Viva Video! 久保田成子展
2021年3月20日〜6月6日、9:30〜17:00、月曜休館(5/3は開館)
一般1,000円、高校・大学生800円、中学生以下無料