望郷の画家 橋本龍美展 at 新潟県立近代美術館

アート・展覧会

加茂市生まれの画家、橋本龍美(りゅうみ)(1928〜2016)の絵を初めて見たのは、いつだっただろうか。新潟県立近代美術館のコレクション展で並んでいた、5体のお地蔵さまを描いた作品だった。タイトルは《風之唄》。お地蔵さまと言えば、ほっこりした集落の守り神のイメージがあるが、その絵からはただならぬ妖気が漂っており、怖いと思いながらもその強烈さで忘れられぬ画家となった。

橋本龍美

県立近代美術館は本年(2023年)開館30周年を迎える。その周年記念の企画展のひとつとして「橋本龍美展」が開催されると知り、おっかなびっくりの気持ちで足を運んだ。入り口では龍美が描く異形の者たちがお出迎えしてくれた。

入り口でお出迎えしてくれる狐と鬼とおぼしきものたち

龍美は昭和3年、6人兄弟の長男として生まれた。多忙な母親に代わり、龍美の面倒を見ていたのは乳母だった。企画展担当学芸員の宮下東子さんは、乳母が聞かせてくれた夜噺が龍美に多大な影響を与えたと解説。どうやらお化けの話が多かったようで「夜噺を聞くときのわくわく感と恐ろしさ、そして聞きながら自身の頭に思い描いた化物のビジュアル」が、彼の潜在意識に刷り込まれたようだ。
このエピソードを聞き、幼少時に「のんのんばあ」が話す物語によって妖怪の世界へといざなわれ、後に『ゲゲゲの鬼太郎』などの傑作を生み出した水木しげると、何やら似ているエピソードだと感じた。

初期作品《母子像》

子どもの頃から絵を描くことが好きで、美人画の模写などをしていた。尋常小学校高等科を卒業後は美術学校へは進まず、働きながら独学で絵を学んだという。1947年には文化祭新潟美術展(現在の県展)に初入選。その後も複数の美術展で入選を果たし、33歳で上京。いよいよ中央画壇で華々しく活躍……と思いきや、スランプに陥ってしまう。
自分が描きたいものは何か。模索した龍美がたどり着いたのは、幼い頃に見た原風景「加茂の祭礼、乳母の夜噺など」だった。これを機にがらりと作風が変わり、かくして「異色の画家、橋本龍美」は誕生したのだった。

幼い日に見た加茂祭がモチーフとされる《祭鉾》。第29回新制作展(第18回日本画部)新作家賞受賞

今回の企画展には「神も、庶民も、バケモノも」というサブタイトルが付いている。龍美の作品に流れる宗教観には、古来から日本人の価値観として存在する「八百万の神」という概念があるのではないか、と図録には書いてある。森羅万象に宿る人智を超えた存在には、神々しいものだけではなく、バケモノや妖怪じみたものがあってもおかしくはない。怖いけれど、どこか親しみがあって、ユーモラス。そんな龍美の絵を見ていると、日本人が摩訶不思議なものへ抱く思いが現れているような気がする。

《祭り人》

宮下さんは「隅から隅まで見るといろんな発見があるので、細かいところまでしっかり見て楽しんでいただきたい」と見どころを話す。
夜噺のバケモノたちというコーナーにある《化くらべ》は、一見すると不気味だが、中には愛くるしい動物風のあやかしなども描かれている。妖怪たちをキャラとして捉えると、人間にとっては怖いけれど、彼らにとってはきっと楽しいイベントなのではないか…と思えてくるから不思議だ。「灯籠に見えるものは化ける前は何だったのか」など、考え始めるときりがない。

《化くらべ》手前のつぶらな瞳の小動物が可愛らしい

以前鑑賞した《風之唄》も展示されていた。やはり改めて見ても、これは怖い。もし真夜中に田舎道で迷って、こんなお地蔵さまに遭遇したら…などと妄想していたら、背筋が寒くなった。
宮下さんはこの絵を子どもたちの美術鑑賞の教材に使うこともあるそうだ。その時に「果たして本物のお地蔵さんは何体あると思いますか」と問いかけるのだとか。ちなみに宮下さんは「この絵には本物のお地蔵さんはいないと思います」と話した。

《風之唄》

館内には『鑑賞+1」として、見どころの解説が置いてある。ぜひチェックしてほしい。

《風之唄》の解説はずばり「すみずみにまで、怖いモノが!」確かに、見れば見るほど怖くなる

1975年以降、龍美は故郷である加茂そのものを描き始めた。その最初の作品とされているのが《冬門》だ。画面に大きく描かれた白い丸は雪を表したのだろうか。まるでかまくらのようにも見える。手前には色づいた秋を思わせる葉や木の実があしらわれている。その向こうに見える白い「門」を過ぎると「冬」が来るのだろうか。

《冬門》

人々の暮らしを描いた《町づら、裏づら》は四曲一隻の屏風だ。たくさんの人物が描かれており、妖怪の絵とは違った見応えがある。

《町づら、裏づら》

会場には龍美の弟・誠治さんも来場していた。独特の世界観を確立した画家・龍美はどんな人だったのだろうか。
「兄はひと言でいうなら変わり者で、社会からはみ出した感じの人でしたよ」と話した。「改めて兄の残した作品を見て、企画展を開催していただいてよかったなと思います。美術館や学芸員の方には感謝しています」と笑顔を浮かべた。

龍美の弟、橋本誠治さん
『宮山之四季』

新潟県立近代美術館
「望郷の画家 橋本龍美展 —神も、庶民も、バケモノも」2023年4月15日〜6月4日
新潟県長岡市千秋3丁目278-14 TEL:0258-28-4111
休館日:月曜日(ただし3/20、5/1は開館)
午前9時〜午後5時(観覧券販売は閉館30分前まで)
観覧料:一般1,200円、大学・高校生1,000円、中学生以下無料

和田明子 Akiko Wada

リバティデザインスタジオスタッフ/かわいいもの探求家。 新潟日報「おとなプラス」、県観光協会のサイト、旅行情報サイトなどさまざまな媒体にライターとして寄稿し...

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