「庵野秀明展」 at 新潟県立万代島美術館

アート・展覧会

2021年に公開され、興行収入が100億円を突破した『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の総監督・庵野秀明。彼の創作の原点から、未来へとつながる活動までを、膨大な資料から迫る「庵野秀明展」が新潟県立万代島美術館で開催中だ。
実は昨年、一足先に東京展を見ていたのだが、とにかく展示物の圧倒的な多さと、会場に訪れた人たちから放たれる熱気が印象的だった。あまりの資料の多さに、しっかり見ていたら会場に1日いても足りないのではないかと思うほど。後ろ髪を引かれつつ美術館を後にしたので、新潟でもう一度巡り合えたのはうれしかった。
というわけで、いざ会場へ!

庵野秀明をつくったもの

5章仕立ての展示の始まりは「原点、或いは呪縛」。最初に登場する展示品は1台のミシンだ。実はこれ、山口県宇部市にある庵野さんの実家から持って来たもの。そもそも庵野さんがメカニックに興味を持った最初のきっかけが、両親が仕事で使っていたこの足踏みミシンだったのだ。これぞまさに原点中の原点!

ミシンの傍らには自画像も展示。とても愛くるしい庵野さんに会える

会場に一歩足を踏み入れると、そこには特撮用の模型やウルトラマン、仮面ライダーなど、庵野さんが愛したものがずらり!
開場式に合わせて来場された三好寛さん(㈱カラー文化事業担当学芸員、ATACアニメ特撮アーカイブ機構事務局長)と神村靖宏さん(㈱グラウンドワークス:代表取締役)によるギャラリートークで会場を回ったのだが、このコーナーを「まさに庵野秀明という人物をつくったものたち」と紹介していた。同世代を生きた特撮ファンなら感嘆の声を上げること間違いなし、という空間が待っている。

庵野さんが子ども時代に愛したものたちがズラリ

ここに展示されているものは、実際に特撮の現場で使われていたものばかりだ。それが分かるのは、撮影時に機体などを吊り上げる際、透明なワイヤーを通すための小さな穴。「今回の展示の良いところは、ガラスケースに入っていないものがいろいろあるところ。触らないように気をつけながら、仕掛けを見ていただきたい」と紹介していた。

特撮の現場で使われた模型の数々

ちょっと変わった展示として「箱馬」という道具も置いてあった。「箱馬は万能の道具。物を乗せたり、俳優さんの背を高くしたりできるし、休憩時間には椅子代わりにもなります」とのこと。ちなみにこの箱馬も実際に撮影で使われていたものだそう。会場のあちこちにあるので、ぜひ探して見てほしい。

東宝のマークが入った箱馬

戦艦ヤマトの世界を音で体感

撮影NGのため写真はないが、第1章の終盤に無数のモニターで埋め尽くされた壁面が現れる。そこには庵野さんが好きだったという映像作品99本が、それぞれの小さな画面にミュートで映し出されているのだ。ゴジラ、岡本喜八の映画、天才バカボン、赤毛のアンなどなど。映像作品の音の代わりに聞こえてくるのは、なんと「宇宙戦艦ヤマトの艦橋の音」なのだとか。アニメの世界に入り込んだかのような感覚が味わえるので、目だけでなく耳でも楽しんでほしい。

庵野さんが中学生の頃に描いた油彩画も展示

映像制作への目覚め

第2章「夢中、或いは我儘」ではアマチュア時代から『新世紀エヴァンゲリオン』に至る、庵野さんの映像表現の過程を見ることができる。
大学時代、実習課題で『ウルトラマン』を撮影した庵野さん。凝ったウルトラマンスーツなどは作らず自身の動きだけでなりきる、という大胆な手法で、大きな話題を呼んだそうだ。私は島本和彦さんの漫画『アオイホノオ』を思い出しながら展示の数々を見ていた。

ウルトラマンになりきる庵野さん

庵野さんがプロのアニメ現場に関わることになったきっかけが、1981年に大阪で開催された第20回日本SF大会(DAICON III)のオープニング映像として作られた、8ミリフィルムによる5分間のショートアニメだ。この作品は大きな話題を呼び、作品を見た手塚治虫も楽屋にまで訪ねてきたのだとか。神村靖宏さんは「この写真のポイントは真ん中の石黒昇さん。宇宙戦艦ヤマトのディレクターで、後に超時空要塞マクロスの監督になる方です。ここで縁ができたことで、庵野さんはマクロスに参加してプロデビューすることになります」と説明があった。

DAICON IIIについて説明する神村靖宏さん

アマチュアで予算がないためセルが買えないという状況で、皆で知恵を出し合って試行錯誤しながら作り上げていった話などは本当に面白かった。

会場で解説する三好寛さん(左)と神村さん

印象的だったのは三好さんの「アニメーションは森羅万象を描く」という言葉。「実写なら例えばヒロインのスカートがはらりと風に揺らいだとき、それを撮影すれば画が完成する。でもアニメはスカートの裏地は何色かという細かいところまで考え抜かないと制作できない。庵野さんはこだわり抜いている。肉筆を見ていると紙から迫力を感じる」と話していた。

『新世紀エヴァンゲリオン』のデザイン案

スクリーンで見た作品の数々

第3章は「挑戦、或いは逃避」。実写映画『ラブ&ポップ』から『シン・エヴァンゲリオン劇場版』までが紹介されている。会場ではどこからか「え?『ラブ&ポップ』で庵野さんだったの?」という声が聞こえてきた。本当に才能の幅の広い人だとつくづく感じた。

実写映画『キューティーハニー』の展示

下の写真は『シン・ゴジラ』のコーナー。「ゴジラはフルCGで撮影されましたが、前田真宏さんが描いた絵を元に、フィギュア造形作家の竹谷隆之さんが形を作り、それを3DスキャンしてCGが作られました。当代随一の2次元、3次元の天才に作ってもらったその痕跡をこの展示で見ることができます」と熱い説明があった。

シン・ゴジラの展示

ぜひ注目してほしいのが「雲の神様」と呼ばれている島倉二千六(ふちむ)さんが描いた背景画だ。島倉さんは水原町(現阿賀野市)の出身で、特撮映画の背景を専門に描かれてきた方。展示されているのは『シン・エヴァンゲリオン』の背景として使われたものだ。

島倉二千六(ふちむ)さんが描いた背景画

第4章の「憧憬、そして再生」では、庵野さんが近年手掛けている「シン・シリーズ」から今年5月に公開された『シン・ウルトラマン』、そして来年3月公開予定の『シン・仮面ライダー』が展示されている。
下の写真は『シン・ウルトラマン』のコーナーだが、東京会場にはなかったものが追加で展示されている。それが、メフィラスの名刺だ。裏表分かるように2枚置いてあるのがうれしい。

メフィラスの名刺に要注目!

感謝の気持ちを込めて

最後の第5章は「感謝、そして報恩」。第1章で展示されていた作品の数々は、今でこそ特撮文化を担う貴重な資料として扱われているが、制作当時は「撮影が終わったら捨ててしまう」ものだった。仮に残したとしてもそれは「上から色を塗り直して別の物として」使われていたのだ。
しかし当時から価値を見出し、大切に保管していた人たちがいた。そんな特撮愛のある人たちのおかげで、今日私たちはそれらを目にすることができるのだ。
2020年に特撮の神様・円谷英二さんの出身地、福島県須賀川市に須賀川特撮アーカイブセンターが開館したが、その施設の詳細がイラストで紹介されていた。

須賀川特撮アーカイブセンターの説明

庵野さんはアニメの絵コンテ、原画、特撮のミニチュアなど「制作の中間物」にも注目。貴重な特撮文化を残すため、仲間たちと特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)を立ち上げた。そこには「僕らがいなくなってもアニメや特撮が残るようにしたい」という思いが込められているそうだ。ほかにもアニメーションに関するさまざまな取り組みを行っており、それらも紹介されている。

ATACの活動紹介と庵野さんからのメッセージ

会場のトリを飾るのは特撮3大スターたちだ。ここは撮影自由。たくさんの人たちが成りきって決めのポーズをしていたのが微笑ましかった。
それにしてもまたしても時間が足りない!見応えたっぷりだった。

特撮3大スター揃い踏みの記念撮影コーナー

新潟県立万代島美術館
「庵野秀明展」2022年9月23日〜2023年1月9日
新潟市中央区万代島5-1 万代島ビル5階  TEL:025-290-6655
休館日:月曜日(10/10、11/14、12/26、1/9は開館)、12/29〜1/3
午前10時〜午後6時(観覧券販売は閉館30分前まで)
入館料:一般1,700円、大学・高校生1,300円、中学生以下無料

リバティデザインスタジオ

新潟県長岡市のデザイン事務所。グラフィックデザイン全般、取材・撮影・ライティング・編集などの業務を展開。

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