個性的な動物大集合!「三沢厚彦 ANIMALS IN NAGAOKA」 at 新潟県立近代美術館

アート・展覧会

2018年2月、富山県美術館で大きな白いクマに出会い衝撃を受けた。思わず駆け寄って写真を何枚も撮り、周囲に人がいないのを良いことにクマのまわりをピョンピョン跳ね回った。
クマの彫刻の作者は三沢厚彦さん。三沢さんのお名前も作品も以前から知ってはいた。そしてその美術館に行った目的のひとつが「クマに会うこと」ではあった。しかし実物は、想像以上の存在感で思わず大興奮してしまったのだ。その後、神奈川県の平塚市美術館でも三沢さんの作品を鑑賞し、すっかりファンになった。

待ちに待った開催、そしてクマがお出迎え

その三沢さんの展覧会が2020年に長岡へやってくると聞いたときは、思わず驚喜したものだ。しかしコロナ禍を受けて開催中止。残念だった。だから今年の夏、あらためて開催が決まったときは本当にうれしかった。
県立近代美術館には館の内外に多くの彫刻作品があり、エントランスホールに入るとまずロダンの作品《カリアティードとアトラント》に出迎えられる。しかしこの展覧会の開催中は、御影石のクマがロダンの彫刻を従えて鎮座しているのだ。

エントランスではロダンと一緒に御影石のクマがお出迎え

ほかにも館内各所にアニマルズたちが置かれている。
彫刻自体はもちろん、壁に映る影までが愛らしい。

企画展示室へと向かうアプローチにもクマが

過去、現在、アニマルズへ

展示は「過去、現在、アニマルズへ」と題したテーマから始まる。
最初の作品《彫刻家の棚》は画家と彫刻家へのオマージュとして作られたもの。写真の手前が画家(フランシス・ベーコン)、奥が彫刻家(ヨーゼフ・ボイス)の棚になる。実はこれ3部作を想定しているのだとか。もうひとつの棚が誰へのオマージュなのか、いつ頃完成するのか、今から楽しみだ。

《彫刻家の棚》の前で解説する三沢厚彦さん

三沢さんの大学時代の作品も出品されている。
今から35年前のもので「かなり懐かしい作品」と話していた。「ANIMALS」シリーズの制作が始まったのが2000年からなので、それよりも10年以上前の作品になる。

大学時代の作品《Dog》(1987年)

まるでケンタウロスのような作品もあった。タイトルはずばり《ヒトウマ》。これはコロイドトンプと名づけられたシリーズ作品のひとつだ。コロイドトンプとは三沢さんの造語だとか。

《コロイドトンプ(ヒトウマ)》(1998年)

コロナ禍で生まれた作品も展示されていた。
ステイホームを余儀なくされたときに三沢さんは「部屋の中にばかりいて外の環境を取り込みたくなった」そうで「花を愛でるという、皆さんが普通にやっていることの良さがようやく分かりました」と話す。そのときに求めたのが「色」だったため、カラフルな彩色のシリーズ作品《Strut》を作った。

Strutシリーズ

詩人で彫刻家の高村光太郎は『蝉の美と造型』という随筆を残しており、「私はよく蝉の木彫をつくる」「セミの彫刻的契機はその全体のまとまりのいい事にある」とセミに対して並々ならぬこだわりを見せる。
そんな高村のことが好きだという三沢さんが「リスペクトの気持ち」で作った作品も展示されていた。

三沢さん曰く「高村光太郎より作り込んだ」という《Insect 2017-01》

動物どどーん!!〈動物大行進〉

そして次の展示「アニマルズ(動物大行進)」では圧巻の光景が待っている。少し高くなったステージ上にさまざまな動物たちがずらりと並んでいるのだ。
三沢さんは「僕は空間全体を使って展示することが好き。彫刻は基本的に台の上にあるという考えがあると思うんですが、空間全体に存在するのもアニマルズのひとつの考え方かなと思っています」と解説。まさに空間が動物たちで満たされていて、見ているとワクワク楽しくなってくる。

動物大行進!

ステージ上の動物たちは皆同じ方を向いている。「動物とひと言で言うけれど、小さいものから大きいものまでいて、それぞれが個性やアイデンティティをもって共存している」と三沢さん。この展示は動物たちが「ひとつのベクトルを持っている」ことを表しているのだそう。
私は動物文学の巨匠、椋鳩十の物語にあった「嵐で洞窟に避難した動物たちは、捕食関係にあっても手を出さず、一時的ではあるが共存の道を選ぶ」というエピソードを思い出した。

今回は一部展示(アニマルハウスと三沢コレクション)を除き、すべて写真撮影OK。ステージの左右に1カ所ずつ、すべての動物が重ならずに見えるビューポイントがあるので、ぜひそれを見つけてみてほしい。さらにステージ以外の場所にも「スポットが当たってないアニマルズもいる」ので、そちらもぜひ!

スポットの当たっていないアニマルがどこにいるか、ぜひ会場で探してみて

彫刻以外のアニマルズたちも壁を元気に彩っている。
こちらの絵画作品も「コロナ禍で光とか色とか敏感に感じた」経験をベースに、色彩を工夫した作品だという。

2020年に描かれたイヌ《Painting 2020-07》

今回の展覧会には作品ごとの解説パネルがない。その代わりというわけでもないのだろうが、館内に三沢さんの言葉が散りばめられている。
その一つ「人のもつ動物のリアリティは面白いと思う。寓話や神話、キャラクター化されたもの、そしてリアルな動物、それらが混在して形成されたものがそれぞれのもつ動物のリアリティかもしれない」という言葉を噛みしめて、次のコーナーへ。

展示室の壁に書かれた三沢さんの言葉

クマに思うこと

次のコーナーのタイトルはずばり「クマ」だ。三沢ファンの多くの人がクマの作品が好きで、「可愛い!」と愛でているという。

クマがずらり!こちらも圧巻

しかし、もしクマが近所を歩いていたらどうだろうか。野良猫などと違い絶対に合いたくない獣だ。三沢さんは「本物のクマは猛獣なのに、クマ好きという人が多い。それはテディベアとか物語に出てくるキャラとかがミックスされて、その人なりのイメージがリアリティを持つから。そしてそのリアリティが本物のクマの怖さを凌駕してしまう。それが面白いと思う」と話した。

後姿も可愛いクマたち

クマは絵画にも多く描かれている。
下は4枚の連作で物語になっており、「クマが旅をしている」様子なのだ。そこにはかつて三国峠を越えるときに、その空間を味わいながら旅をしたという三沢さんの経験も入っているそうだ。

峠を越えて旅をするクマたち

その次のコーナーは「アニマルハウスと三沢コレクション(※撮影禁止)」だ。三沢さんのもとに舟越桂さん、小林正人さん、杉戸洋さん、浅田政志さんの4人のアーティストが集い、渋谷の松濤美術館で2017年に「三沢厚彦 アニマルハウス 謎の館」という展覧会を行った。
ここでは4人のメンバーの作品に加え、三沢さんがコレクションした美術作品も展示されている。

ホワイトアニマルズ

最後は白い動物だけを集めた「ホワイトアニマルズ」だ。ここではフェニックスやペガサスなど架空の動物たちが待っている。

ペガサスを描いた《Painting 2018-03》

ギリシア神話に登場する羽のある馬・ペガサスは、当然のことながら架空の動物だ。だが実物を見たことがないにも関わらず、三沢さんの作品を前にすると「ペガサスといえばこれだよね」と違和感なく受け入れてしまうところが不思議だ。

ペガサス《Animal 2010-03》

今回、驚いたのが「麒麟」だ。動物園にいるあの網目模様のキリンではなく、霊獣のほうの麒麟。髭を蓄え、どこか知的な眼差しをしており、哲学者のような風格すら感じる。

麒麟《Animal 2018-01》。きりりとした表情が美しい

この麒麟、ぜひ後ろに回って背中も見てほしい。なんとそこには別の顔があるのだ。
21世紀に作られた作品であることは承知なのだが、まるで古代から語り継がれてきた、摩訶不思議な霊力を宿した美術品を見たような気分だ。

麒麟の背中に現れた不思議な顔!

唖然としつつ次なる作品に目をやると……そこには、先ほど麒麟の背中にいたはずの生き物が私たちを待っていた。「キメラ」だ。ギリシア神話に登場する動物でライオンの頭、山羊の胴体、蛇の尻尾を持つとされている。「麒麟の後ろにある顔がキメラになったのは無意識にしたこと」だと三沢さんは解説。何か神がかり的なものを感じる話だ。

キメラ《Animal 2020-03》。背中の辺りにアマビエさまが隠れているのでそちらもぜひ注目を!

キメラは異なるものがひとつの体に共存している生命体だ。7月31日に同館講堂で開催された「クロストーク 三沢厚彦× 青木野枝(彫刻家)」で三沢さんは「キメラが出現する時代がある」「キメラは(何かが)ひとつなくなると破綻する」と解説。
キメラはあやうい均衡の上に成り立っている、我々の世界を象徴する存在なのかとすら思えてきた。瑞獣は必要に迫られて出現すると言われているが、このキメラも意味があって今この場に現れたのかもしれない。

《Painting 2022-32》

コレクション展にもアニマルズ

今回はコラボレーション企画として、コレクション展にもアニマルズたちが出現している。ウサギ、リス、ハツカネズミなど総勢9匹だ。
土田麦僊が描いたリスの隣に三沢さんのリスがいるなど、遊び心が利いた配置もあり、いつもとは違うコレクション展が楽しめる。

土田麦僊《山茶花》の隣りにたたずむリス《Animal-C 2015-03》 ※写真は前期展示の様子

三沢さんは県立近代美術館を初めて訪れたとき「本当にビックリした」そうだ。エントランスのロダン作品について「彫刻をつくる者としては格別な出会い」と表現。
さらに野外彫刻と屋上庭園、フリーメイソンを連想させるエントランスの天井、展示室になかなかたどり着けない構造など、さまざまな要素が館に落とし込まれていることを「キメラ的」とした。「ちょっとこんな美術館は見たことがない。面白いですね」

三沢厚彦さん「現時点で最高スペックのANIMALS」と今回の企画展を語った。ぜひお見逃しなく!

新潟県立近代美術館
「三沢厚彦 ANIMALS IN NAGAOKA」2022年7月16日〜9月25日
新潟県長岡市千秋3-278-14 TEL:0258-28-4111
休館日:月曜日(祝日の場合は開館、翌平日休館)
午前9時〜午後5時(観覧券販売は閉館30分前まで)
観覧料:一般1,400円、大学・高校生1,200円、中学生以下無料

リバティデザインスタジオ

新潟県長岡市のデザイン事務所。グラフィックデザイン全般、取材・撮影・ライティング・編集などの業務を展開。

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