映論言いたい放題 Film 226 怪物
『怪物』
2023年6月2日公開
■監督:是枝裕和
■脚本:坂元裕二
■出演:安藤サクラ(麦野早織・湊の母親)/永山瑛太(湊、依里の担任教師)/黒川想矢(麦野湊)/柏木陽太(星川依里)/田中裕子(伏見真木子・校長))
■あらすじ:大きな湖のある郊外の町。子育てに頑張るシングルマザーの早織は、最近息子・湊の様子がおかしいことに気づいていた。原因が担任教師にあると確信した母親は、学校に相談へ行く。しかし当事者の主張は食い違い、いつしかマスコミを巻き込んだ大事件へと発展していく。
カンヌ国際映画祭で脚本賞とクィア・パルム賞を受賞。
© 2023「怪物」製作委員会
合評参加者:
三浦佳子(T・ジョイ長岡 映写担当)
akko(「ムーヴィーズゴー!ゴー!」「週刊シネマガイド」出演)
和田竜哉(「ムーヴィーズゴー!ゴー!」ディレクター、「週刊シネマガイド」出演)
※「ムーヴィーズゴー!ゴー!」FMながおか(80.7MHz)毎週木曜18時30分より インターネットラジオでも聴けます!
※「週刊シネマガイド」ケーブルテレビNCT 11ch、「ちょりっぷナビゲーション」内で放送
和田:この映画は大まかに3部構成になっていますよね。ひとつの出来事を、当事者それぞれの視点から描いて謎に迫る映画は、黒澤明の『羅生門』などいくつかありますが、『怪物』は謎解きよりも主観的な見え方の違いを強調していました。
akko:映画のチラシに「怪物だーれだ」ってありますけれど、果たして誰がこの映画で怪物だったのか。もしかしたら純真無垢と思える子どもたちが「怪物」かもしれないんですよね。
三浦:みんな何かしら、少しずつ怪物的な部分を持っていますよね。子どもが教師の暴力を訴えて、母親が学校に相談に行くシーンなんて、主観が入ると、同じ物を見ているのに、全く別の話になりますよね。
和田:予告だけ観ていると、母親が一方的にモンスターペアレントと化しているように見えますが、実はそうでもなかった。むしろ抑圧的に対応しようと努めていた。
akko:確かにそうでした。怒鳴る人=悪い人みたいに見られがち。中にはただのクレーマーみたいな人もいますが、たいがいはそこまで怒らせるようなことをした方にも非はありますよね。
三浦:最初は田中裕子演じる校長先生が、諸悪の根源のように思っていたのですが、観ていくうちに「もしかして周囲が主導権を握っていて、それに従っているだけなのかも」と感じるようになって。
和田:学校という「怪物」がみんなを狂わせていく。怪物は人のみにあらず、ですね。
三浦:映画の途中で聞こえてくる、校舎に響く吹奏楽の音。あれが泣き声か、獣の声のようにも聞こえましたよね。
和田:なぜこのシーンでこんな音が入ってくるのだろうと思っていたら……。
akko:あの音にも意味がありましたね。その後、音にまつわるシーンが描かれたとき、まだ教育に対して情熱を持って、生徒と向き合っていた若き日の校長の横顔が見えたことが、切なかったです。
三浦:この映画はあの音のシーンのように、描かれていない場面を想像することでいろいろ見えてくるんですよね。だからもう一度見たくなります。
akko:ジャンルは違いますが、優れた謎解きミステリー小説って、オチを知った上でもう一度最初から読みたくなりますよね。それに近いものを感じました。
和田:この出来事における本当の悪人は誰だったのかとか、途中からどうでもよくなっちゃって、圧倒的な人間ドラマに引き込まれて行きます。深い作品でした。
akko:常々「事実が必ずしも真実とは限らない」と思っているのですが、まさにそれを見せつけられたような映画だと思いました。
三浦:何気ないひと言が深い作品でもありました。安藤サクラ演じるシングルマザーは、夫が不倫相手と事故死したという過去を持っています。その彼女が愛人について「ダサいセーターを着ていた」と表現。その一言から女性のイメージが見えてきて、唸らされました。
和田:予告編で流れる「怪物だーれだ」という意味深な言葉。劇中で子どもたちが楽しく遊ぶシーンでも使われていて、思わずうまい!と心の中で膝を叩きましたよ。
akko:子ども同士の無邪気な遊びですが、あれは見えないもの、見えているはずの向こうにあるものを想像することの大切さを訴える、重要な場面でしたね。
三浦:詳しくは言えませんが、あのラストシーンが余りにも美しすぎて……。終わった瞬間、言葉が出なかったです。
akko:映画史に残る衝撃のラスト…というキャッチコピー、むしろ『怪物』にこそふさわしいような気がしました。
和田:あのラストシーンは、人によって捉え方が変わりそうです。それにしても是枝裕和監督と脚本家の坂元裕二さん、作家性の強いお二人が組んで上手くいくのだろうかと少し不安だったのですが、見事に調和しましたね。また別のテーマでお二人のコラボ作品を観てみたいですね。
T・ジョイ長岡 2023年7月オススメ映画
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