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絢爛な天平文化が目の前に!「よみがえる正倉院宝物」 at 新潟県立近代美術館

アート・展覧会

7月3日から新潟県立近代美術館で正倉院宝物の展覧会が始まった。リーフレットに書かれたキャッチコピーは「1300年の技が、いまここによみがえる。」だ。じつは今回展示されているものたちは、すべて再現模造なのだ。模造というと、「コピー」「偽物」というイメージが浮かぶかもしれない。だがこの企画展には再現模造を作ることの大きな意義が込められており、実際の展示物を鑑賞することで文化財に対する考え方が変わってくるというのだ。さて、その意義というのは一体どのようなものだろうか。

そもそも正倉院とは

日本人なら一度は耳にしたことがある「正倉院」という言葉。実はこの単語、かつては大切なものを収めた倉庫群を指す言葉であり、奈良時代には全国にいくつもの正倉院が存在していた。しかし建造物として今も残るのは、奈良・東大寺の主要倉庫だった正倉だけとなり、結果「正倉院=東大寺の正倉」を指すようになったのだ。
同館の開場式に来館し、翌日に講演会も行った宮内庁正倉院事務所長の西川明彦さんは「かつては一般名詞だった『正倉院』が、固有名詞化した」と話した。ちなみに東大寺の正倉院に実際に宝物が収められていたのは1953(昭和28)年頃までで、現在はコンクリート製の収蔵庫に移されているそうだ。

正倉院宝庫の模型(奈良国立博物館蔵)

正倉院のそもそもの始まりは、756年に聖武天皇が崩御した際、光明皇后が亡き夫の御遺愛品を東大寺の盧舎那仏(大仏)に献納したことに端を発する。この献納は3度に渡って行われた。ほかに東大寺の法要などで使われた什宝類、造東大寺司(東大寺を造るための国の機関)の関連品などおよそ9,000点が収蔵されている。
正倉院に収められているもののひとつに「蘭奢待(らんじゃたい)」がある。昨年放映されたNHK大河ドラマ『麒麟がくる』で、権力を手に入れた織田信長が所望したあの香木だ。まさに正倉院は、日本の歴史とリンクし続けているすごい場所ということが伝わってくるエピソードだった。

なぜ再現模造なのか

会場入り口の様子

ところでなぜ「再現模造」なのだろうか。講演会で西川さんは「正倉院の宝物を守るのが我々の一番の仕事。若い頃にはなぜ模造を作るのだろうかと疑問に思っていた時もあった」と話した。しかしその答えを探しているまさにそのとき、阪神・淡路大震災(1995年)が発生。そこで「高速道路がひっくり返るような状況を目の当たり」にして、「今存在しているものは、決して永遠に続いていくものではない」ということをしみじみと実感し、危機管理の重要さを痛感したと当時を振り返った。

宮内庁正倉院事務所長の西川明彦さん

正倉院は明治時代、昭和初期と過去2回ほど模造製作事業を行ったことがある。いずれも戦争(日露戦争と第二次世界大戦)で中断してしまったが、1972年に再び模造事業が始まった。現在の模造事業はそれまでとは大きく違い、さまざまな科学技術を使って宝物の調査を実施し、材料、構造、技法などを徹底分析した。そのため可能な限り、当初の姿をより忠実に再現できるようになったのだ。もちろん外見だけ再現するのではなく、どうやって造られているのか、その技術を分析して伝承していくことも「再現模造」の担う重要な役割のひとつだ。

精巧かつ美しい再現模造の数々

展示室には宝物がずらり(右の「螺鈿紫檀五絃琵琶」は前期展示)

展示は6章仕立てになっており、各章は「染織」「刀・武具」などジャンルごとに分けられている。
第1章は「楽器・伎楽」で「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)」などが展示されている。これはインドに起源を持つ楽器だが、五弦の琵琶は正倉院が所有するものが世界唯一とされている。
前期(〜8/1まで)は2011年から8年がかりで再現された宮内庁正倉院事務所所蔵のもの、後期(8/3以降)は明治に再現された東京国立博物館所蔵のものが飾られる。

琵琶をパーツごとに紹介

今回は文化財保護を問いかけるという観点から、製作工程や使われている部材についても紹介するパネルが設けられているものもある。琵琶は、実際に使われているパーツを並べて展示してあり、素材や構造を理解しやすい。
現在は調達が困難な材料もあり、紫檀や玳瑁(たいまい・ウミガメの甲羅)などは国内に残されたものをなんとか調達して製作したという。
なお会場では再現した「螺鈿紫檀五絃琵琶」が奏でた音を聴くことができる。必聴!

「桑木阮咸(くわのきのげんかん)」と「螺鈿紫檀阮咸 (らでんしたんのげんかん)」(いずれも東京国立博物館蔵)

どちらも丸い胴の琵琶だ。右の「螺鈿紫檀阮咸」の後ろに鏡があることにご注目。裏にあっと驚く素晴らしい装飾が施されているのだ。お見逃しなく!

色鮮やかな鼓に簫などの楽器類

陶製の鼓「磁鼓(じこ)」や竹管を連ねた「甘竹簫(かんちくのしょう)」などは色づかいや形を見ているだけでも面白い。

会場の様子

今回の企画展は、昨年7月の奈良国立博物館を皮切りに全国を巡回している。途中、新型コロナウイルス感染症の影響で中止となった場所もあり、新潟は奈良、愛知、沖縄、福岡に続き5会場目となる。
新潟県立近代美術館学芸員の松矢国憲さんは「この再現模造は、1300年前の技術で製作されており、さらにこれは次の1300年も継承していかなくてはいけない大切なもの。レプリカというとネガティブに思う人もいるかもしれないが、決してそんなことはない。これが模造かと思うほどの精巧な出来を見てほしい」と熱く語った。

展示を見て感じたこと

高名な寺院の襖絵などを見る機会があると、ありがたや…と思うと同時に「昔の人は光輝く金箔があしらわれた色彩豊かな絵を見ていたはず。今目の前にあるものは貴重な本物かもしれないが、くすんだり傷んだりして当時の状態を見ている訳ではないんだなあ」とモヤモヤ感じることがある。

変わった形の竪琴「漆槽箜篌(うるしそうのくご)」(正倉院事務所蔵)をじっとみつめる

それを考えると、この再現模造を見ることができるのは大変貴重な機会だと感じた。当時の限られた人たちは、この鮮やかな色彩や細かい織の技術、光輝く金属の艶、細部にまでこだわり抜いた美しい紋様などに感動したはずなのだ。
オリジナルにこだわることだけが正解ではない。再現模造が語りかけてくるメッセージはとても大きなものだった。

本県の作り手が関わった透かし彫りの球形香炉「銀薫炉(ぎんのくんろ)」(正倉院事務所蔵)

再現模造とはいえ、これらも重要な文化財。そのため全ての作品が展示されるわけではない。そんな中、学芸員の松矢さんは「新潟らしさを感じていただきたい」という思いから展示リクエストをした一品がある。
それが2001年に製作された「銀薫炉」だ。鍛金を人間国宝の玉川宣夫氏、彫金を市川正美氏といずれも新潟県内の作家が手掛けたものだ。

左は初お目見えとなった「伎楽(ぎがく)人形 迦楼羅(かるら)」(奈良国立博物館蔵)

今回の巡回展では新潟会場が初展示となるものもある。それがこの日本の伝統演劇・伎楽の面と装束「迦楼羅」だ。
その隣で「獅子面」がクワーァッと大きく口を開けている。これらは752年の大仏開眼会の際に演じられた伎楽の面や装束などの再現模造だ。

それぞれの道具のいわれを知りながら見ていくのも楽しい

個人的に心惹かれたのが箒だ。そう、あの掃除道具のホウキ。写真だと分かりにくいが、普通に想像するホウキとはひと味違う。
「子日目利箒(ねのひのめとぎのほうき)」は儀式で用いられたとされている。古来、中国ではお后さまが蚕室を掃き清めて養蚕の成功を祈願する儀式に使っていた道具なのだとか。それに倣った儀式が奈良時代には初子の日(正月3日)に行われていたらしく、現物の箒もその際に用いられたと考えられている。
穂先には色ガラスや真珠が施されており、とても愛らしく思わず見とれてしまった。

美しい染織物

織物と一緒に、実際にどのように使われていたのかがパネルで展示されていた。
右側の「八稜唐花文赤綾(はちりょうからはなもんあかのあや)」は、鏡をしまっておく箱の内張りに用いられていたそうだ。蓋を開けなければ見えない場所にまでこのような美しい施しがされていたことに心動いた。

わずかに残る貴重な武具も再現

他に武具や筆墨なども展示されていた。
実は武具は、764年の藤原仲麻呂の乱に際しその多くが持ち出されてしまったのだとか。展示品はそのわずかに残った貴重なものから復元した。筆墨のコーナーではいかにして「文書」を再現模造したのか、その技法が動画で紹介されており興味深かった。

今回の企画展を通して精巧かつ美しい再現模造は、文化財を守り伝えるために大きな役割を果たす重要なものだと感じた。
ぜひ多くの人に観て、考えてほしい。

新潟県立近代美術館
長岡市千秋3-278-14 TEL:0258-28-4111
御大典記念 特別展 よみがえる正倉院宝物 ─再現模造にみる天平の技─
2021年7月3日(土)〜8月29日(日)、9:00〜17:00、休館日(7/5(月)、12(月)、19(月)、26(月)、8/2(月)、10(火)、23(月))
一般1,500円、高校・大学生1,300円、中学生以下無料

リバティデザインスタジオ

新潟県長岡市のデザイン事務所。グラフィックデザイン全般、取材・撮影・ライティング・編集などの業務を展開。

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