越後妻有 2025 夏秋

アート・展覧会

3年に1度開催される「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。もちろんその時には何度も越後妻有に通い、たっぷり大地のアートを楽しむ(そして取材する)ということを続けている。
また、越後妻有では、それ以外の年も魅力的なプログラムを開催しており、2025年の7月19日(土)から11月9日(日)までは「越後妻有 2025 夏秋」が開催されている。新作を中心にその魅力を届けたい。

香港ハウス「石の囁き」

最初に訪ねたのは津南エリア、上郷クローブ座と同じ敷地内にある香港ハウスだ。上郷クローブ座は、2012年に閉校した上郷(かみごう)中学校をパフォーミングアーツの場として生まれ変わらせたという場所だ。クローブ座という名称は、シェイクスピアゆかりのグローブ座にかけて命名された。その前に立つのがおしゃれな一軒家のような香港ハウスだ。「香港との恒常的な文化交流拠点となる滞在制作兼ギャラリー施設」で、香港の作家ホンヒム&アーシムによる企画展が開催されている。

香港ハウス。設計はヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展などで注目を集める若手建築家チーム、イップ・チュンハンによるもの

会場に入ると複数の陶器の壺が置かれていた。作品のタイトルは《言石窟(げんせきくつ)》。はて、これは一体なんだろうと考えていると「水琴窟です」と作家のホンヒムさんから説明があった。耳を近づけてみると、確かにきれいな音が聞こえてきた。それぞれに音色が違うので、ひとつずつ聞き比べてみるのも面白い。

床に並べられた《言石窟(げんせきくつ)》ホンヒムと、天井から吊された《影石窟(かげせっくつ)》ホンヒム & アーシム

壁にはアーシムによる《石誦(いしずさみ)》という作品も展示されており、摩訶不思議な暗号のようなもので本県ゆかりの「鳥追いの歌」などの歌詞が書かれていた。先ほどの壺の作品は日本庭園に着想を得たものだが、こちらは「morse code(モールス信号)」に着想を得て、作られたものだという。歌詞の読み解き方は、入口近くのカウンターで資料が配布されているので、ぜひそちらを参考に(資料は要返却)

《石誦(いしずさみ)》アーシム

壁に映る不思議な光は、絶え間なく動いて形もゆがんでいるため判別ができなかったが、おそらく《石誦(いしずさみ)》の作品に使われたものと同じ記号が使われていると思われる。池の水面の反射が室内に投影されている様子を想起させ、日本庭園、モールス信号、それぞれに着想を得た2つの作品がリンクしているようにも感じた。

作家の一人、ホンヒムさん

奴奈川キャンパス「むすんでひらいて」

2024年にアート作品を全身で楽しむ施設「子ども五感体験美術館」としてリニューアルされた奴奈川キャンパスでは、布を使ったインスタレーションの企画展、大川友希「むすんでひらいて」が行われている。

展示された布は触れることができるが、繊細な薄い生地なので優しく扱ってほしい

アーティストプロフィールには「古着や布を身体にもっとも近い生活の記憶や時間の痕跡を帯びた素材として立体作品を制作」と紹介されている。カーテン状になった布の作品は、古いハンカチ、地元の人から寄付された着物などで構成されている。大川さんは「カーテンは窓に付いており朝開いて夜閉じるもので、はじまりと終わりの繰り返しの象徴」と語る。会場の奴奈川キャンパスは小学校の合併、閉校、その後アートの場への転生、といくつものはじまりと終わりを繰り返してきた場所。それにちなんで作ったそうだ。
地域の思い出がプリントされたもの、時代を感じるハンカチの模様など、ひとつひとつじっくり見ると面白い発見があるかもしれない。

小学校時代の記憶がプリントされたカーテン

農舞台「あいまいな地図、明確なテリトリー」

まつだい農舞台フィールドミュージアムでは企画展「あいまいな地図、明確なテリトリー」を展開。農舞台の屋外と、近くの森の中に作品がある。農舞台の屋外作品の前で、「さて、森の作品はどの辺りだろう」と地図を調べていたら親切に教えてくれた方がいて、なんとそれが作家の狩野哲郎さんだった。取材で回っている旨を伝えたら、作品についても丁寧に解説をいただいた。

狩野哲郎さん。農舞台屋外に展示された自らの作品の前で

狩野哲郎さんは狩猟免許(わな・網猟)を持っており、近年動物と人間、互いのテリトリーが曖昧になりつつある現状に言及。アート作品を自然の中に配し、新しい自然を作ることで生まれる新たな視点について話した。「新たなものを置くことで、たとえばそこに鳥が止まるかもしれない。生き物との距離がアートを介して近くなることで、縄張りが曖昧になっていき、自然との距離が近くなる可能性がある。さらに私たち人間もアート鑑賞を通して、通常は持たない目線の高さや視点で生き物や自然を見つめる機会を得ることができる」と解説した。

「あいまいな地図、明確なテリトリー」の作品の一つ。農舞台からほど近い森の中にある

MonET「こたえは風に吹かれている」

次に向かったのは越後妻有里山現代美術館 MonETだ。道路に面したサインの前に、ウクライナの作家ニキータ・カダンの作品《別の場所から来た物》があった。昨年のアートトリエンナーレで、東京電力信濃川発電所連絡水槽に設置されていたものが移設されたようだ。

ニキータ・カダン《別の場所から来た物》

MonETの回廊はいつも楽しいことたっぷりの空間になるが、今回はBankART1929のディレクションによる企画展「こたえは風に吹かれている」が空間を彩っていた。参加作家は山本愛子、松本秋則、井原宏蕗、牛島達治の4名だ。開幕初日には、作家たちによる解説も行われた。

左から井原宏蕗さん、山本愛子さん、二人おいて松本秋則さん、牛島達治さん

なお山本愛子さんの作品は回廊だけでなく、MonETの館内でも展開されている。

山本愛子さんの作品《Polyphony》。連なる糸の向こうには作品の構想を描いたドローイングも展示されている(9/15まで)

回廊に展開された山本さんの《Reflections》。大きな白い布が風の動きに合わせてゆったりと動き、まさに企画展のタイトルを表した作品だ。

風にそよぐ白い布。この後染めを行い、9月には染まった布がゆらめく予定だという

次の作品は牛島達治さんの《記憶子》。以前、都内の公立中学校で同様の企画展を行い、屋上に作品を展開したという。屋上は教室とは違う開放的な空間で、昼寝したり、先生の目を盗んでちょっと悪いことをしたりと、楽しい記憶につながる思い出の場。これは自由な遊び空間のMonETにピッタリではないかと考えたそうだ。

牛島達治《記憶子》

奴奈川キャンパスの作品でもおなじみの松本秋則さんは、心地よい音を奏でる作品を展開していた。当日は朝から猛暑の中、取材を続けていたため疲れていたのだが、松本さんの作品が奏でる涼やかな音色を聴いていると、それだけで癒やされた。松本さんの作品は複数あるが、いずれも3分に1回は鳴るように設定されているので、時間がある人は回廊をゆっくり散歩しながら聴いてみてほしい。

バリ、タイ、ベトナムなどで買った楽器を分解して創作したという松本さんの《水辺のオーケストラ・竹の塔》

犬、羊、鹿、シマウマなど、井原宏蕗さんによるたくさんの動物たちも回廊に出現した。羊毛で原形を作った羊、漆を塗った鹿のフンで作った鹿など、制作の裏側を知るとあっと驚くものたちばかり。たとえば鹿の作品は、漆もフンもいずれも生物の内部で生成されるものでありながら、漆は高級素材として重用され、フンは価値がないものとして消えていくことの違いに着目したもの。無価値とされるフンに漆を使って作品化することで、アートに変貌することに面白さを感じたと聞き、目からウロコだった。

井原宏蕗《cycling -dead or deer-》。鹿のフンでできているとは驚きだ
こちらは鳥の巣に漆を塗った《nested #21-60》という作品

絵本と木の実の美術館「こんとん」

最後に訪ねた鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館にも、別の場所から移された作品があった。昨年のトリエンナーレで、ナカゴグリーンパークに出展されていた中里繪魯洲(えろす)さんによる《くるくるさんば》だ。この作品は『鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館』とゆかりの深いアーティスト、おおたか静流さんの楽曲『回転木馬』に着想を得て制作されたもの。さらに絵本と木の実の美術館で開催中の企画展「こんとん」の出品作家のひとりが中里さんと、この場所とは縁の深い作品なのだ。

中里繪魯洲《くるくるさんば》

絵本と木の実の美術館で開催の企画展のタイトルは「こんとん」。混沌とした現代でアーティストができることは何かを問い続けてきた田島征三さんが、信頼を寄せる3人のアーティスト(中里繪魯洲さん、藤田靖正さん、石ケ森由行さん)を迎え、それぞれのスタイルで「こんとん」の世界を表現している。
紹介パネルでは「これまで当館では行ったことのない新たな表現に挑んだ展覧会」と書かれていた。確かに通常の展覧会のように、作品の脇にアーティスト名や作品名などの説明は一切なし。アートがそこにある、という「こんとん」とした空間となっていた。

藤田靖正さんの作品。巨大な盆栽のような作品の向こうに見えるのは、子どもの飛び出し注意を意識させる看板「飛び出し坊や」
石ケ森由行(クマイキレ)さんの迫力ある作品

取材時に、作家の中里繪魯洲さんにたまたまお会いすることができた。共同制作をした作家の藤田靖正さんが手掛けたキリン、鹿、水牛の木彫をベースに作った作品だという。

中里繪魯洲さん

調整中ではあったが、動きが面白かったので映像を撮らせていただいた。

中里さんと藤田靖正さんによる共同作品

越後妻有 2025 夏秋
会期:2025年7月19日(土)~11月9日(日)
休:祝日を除く火水定休
開催地:越後妻有地域(新潟県十日町市、津南町) 760㎢
料金:「越後妻有 2025 夏秋」共通チケット
一般2,500円/小中学生1,000円(土日休)/未就学児無料
※共通チケットで鑑賞可能な作品もあります。

リバティデザインスタジオ

新潟県長岡市のデザイン事務所。グラフィックデザイン全般、取材・撮影・ライティング・編集などの業務を展開。

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